STMG 古伝武術の世界|「氣」とは何か、「勁」とは何か
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古伝武術の世界

これはすなわち「打つ時は心を残さず打て。心を分たず(疑わず)全力を込める。そうすれば剣は廃れる。廃れると新しく再生される。一番良くないのは中途半端に前の一刀に未練があるが故に次の一刀に移れなくなる事だ。」という要訣な訳です。

同様の事は素手での格闘や単純な喧嘩などでも起こりえるので体験された方も多いのではないでしょうか。人は何か行動を起こした時に途中でそれを止められてしまうと、無理やりにでも完遂しようとします。例えば掴み掛かってそのまま投げようとして抵抗されると、力任せになんとか投げようと必死になります。その結果両者とも力勝負になり、捻じ伏せたほうが勝つという事となります。

この場合、投げようと一度行ったならば成功しようが失敗しようがすぐに廃れさせて次の手に変化させねばなりません。ですが、人はなかなかそういう具合に応変できないのです。それを「狐疑心」という言葉で戒めているというわけです。心を全的にしなければ技の臨機応変さなど到底実現できないという事です。

日本の剣術家では柳生宗矩がこの問題を重視して参禅を勧めています。宗矩公自身もこの心の問題に行き当たった時に禅を修行することで会得することができたそうです。また、幕末の剣豪山岡鉄舟のように日々の稽古の中で自得される天才的な方もおられます。このように国や民族を問わず武術を修練する人にとっては普遍的に発生する問題なのです。

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